2016年04月18日

父のぐちにっき 第05話 知育ゲームと親のエゴ




知育ゲームっていうじゃん?







この言葉ね。好きじゃない。






「知育ゲーム」があるってことは「知育じゃないゲーム」もあるってことか?


「知育じゃないゲーム」は知育にならないってか?






冗談じゃない。






そんなわけがない。


どんなゲームにも学ぶところがあり得るものがあり、体験があるんだ。

わざわざ明確に切り分ける必要なんてないのだ。










しかし、世間一般では「知育ゲーム」という言葉は好まれる傾向にある。

なんなら店側側から勧めたりもする。


 「このゲームは知育にもなりますよ」


ってね。











思うに









「知育」とは「免罪符」なんじゃないだろうか?












ほんとは親がゲームしたいんだ。


「領土広げるゲームしようぜ」

って子供を誘ったら


「楽しそう!やりたい!」

って言ってほしいんだ。








でもそうなるとは限らない。








親は怖いんだ。




「いやだよ」

って拒絶されることじゃない。


「えーしょうがないなぁ」

って嫌々付き合ってくれるのが



そうなのだ。嫌々付き合うのだ。

ある一定の年齢以下の子供にとって親は絶対である。

なぜなら生活基盤をすべて握っているのが親だからだ。

そういう意味で子供は親に逆らえない。
口答えはすれど、真の意味で逆らうことはできない。






子供は仕方なしにゲームに付き合ってくれてるんじゃないか?









これはゲーマーにとって恐怖である














そこで「知育」なのだ









「ゲームで遊ぶのは、子供の将来のためでもあるんだ」

そう自分に言い聞かせたい。




「知育」は弱く儚い親という存在の唯一のよりどころなのではないのだろうか!?












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前回のゲーム会企画はまんまとキャプテンリノ会になり、楽しくも終わったが
ゲームの魅力を伝えられたかは怪しい感じになった。


そう。


子供のゲームマーケット参加は絶望的になったのだ。


ゲームマーケットに子供がいかない。






そもそも子供が行きたいといって始めたこのサークル。






行かないのならやる意味がないのでは無いだろうか……?














子供がやりたいって言ったから……






だから、子供のためにやってきたのに……














いや、









本当にそうか?








本当に子供のためなのか?













「知育」と同じでないと言えるのか!?














本当は父である私がやりたいだけだったので、

子供はそれに巻き込まれただけなのでは?












ならば、












ならばもう……



































そんなある日、一通のメールが届いた



つづく

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posted by ボーカーゲームズ at 23:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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